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【会員さんインタビュー】上條 桃子さん

暮らしの延長線上に描く物語


鎌倉から長野県原村へ移り住んで3年。テレワークの傍らでヨガ講師を続けてきた上條桃子さんはこの夏、茅野市にカフェとヨガの店「momo living」を開いた。八ヶ岳との出会い、森のオフィスでのつながり、そして開業までの道のりを聞いた。

(取材・文:中森千亜季)



八ヶ岳に導かれ、鎌倉から原村へ

momo livingを訪ねた日は、梅雨明け間近の少し汗ばむ夏の午後。丁寧にリノベーションされた店内には穏やかな空気が流れ、川沿いの桜並木は風に揺れている。厨房にいる桃子さんが運んできてくれたのは、自家製のスモモジュースと試作中のコーヒーゼリー。寒天で固めたコーヒーゼリーの上に、豆乳アイスとアガベシロップが添えられている。小さな器に積層する色やかたちを見つめ、桃子さんがこの場所で育もうとしているものを想像する。



きっかけは、鎌倉に住んでいた頃から始めた登山だった。仕事の合間を縫って何度も訪れた八ヶ岳。「訪れるたび、圧倒的な自然に心が動きました。こんな風景が日常にあったら最高だと思っていました」と当時を振り返る桃子さん。コロナ禍を機に当時勤めていた会社ではテレワークが定着。都内のスタジオで週に一度あるヨガ講師の仕事もあるため完全移住とはいかないが、街から離れ、長野の自然の中に暮らしたいという気持ちが膨らんでいた。

移住の半年ほど前、冬から春にかけて知人が持つ原村の別荘に通うようになっていた桃子さん。氷点下で凍てつく朝の空気も、春の到来に萌える草木の勢いも、森の中に佇み感じた。旅行の延長では出会えない日常に触れ、「こんな暮らしがあるんだという衝撃と、絶対ここに住みたいという気持ち」が桃子さんを揺り動かした。その後3か月で家探しに奔走し、夏には原村の森に移り住んだ。「麓から八ヶ岳が見渡せて、北アルプスも南アルプスも富士山も見える。標高が高いのに遠くまで視界が開けていて、エコーライン沿いはいつか訪れた北海道と重なりました。日本全国探しても、こんな場所はほかにない」。



祖父母は松本市の出身で、幼い頃に祖母と訪れた「すずらんの里」駅の記憶も、深い縁を感じさせた。大好きだった祖母に読んでもらった絵本『わたしのワンピース』は、主人公のうさぎがお花畑に行くと、着ているワンピースがお花畑の柄に変身するという物語。「おばあちゃんと電車に揺られながら、駅に着く前にすずらん柄のワンピースに着替えさせてもらった思い出があるんです」と桃子さん。その駅は長野県のどこかにあるとは思っていたが、こちらに来て富士見町の駅だと気づいたという。「おばあちゃんが、この地と私を結んでくれているような気がします」と桃子さんは話す。


森のオフィスというコミュニティ

森のオフィスのことは、移住前に見学に訪れたことで知った。案内してくれたスタッフの雰囲気は温かく、場に流れる空気も心地よかった。ここで働くイメージが浮かんだことは、ひとつの安心材料だったという。しかし最初のうちは東京との行き来が多く、月の半分以上は東京で過ごしていたため、森のオフィスの利用もまばらだった。

移住したばかりの頃は、仕事もコミュニティもまだ東京にあり「自分の体だけがひょこっと長野にいるような感じ」で、少し心細さや違和感があったという桃子さん。しかし森のオフィスで親しくなった会員さんに誘われて参加したクリスマスパーティを機に、コミュニティとの交流が生まれ、そこから頻繁に利用するようになっていく。

「東京にいる時の自分と、こっちにいる時の自分。同じ自分だけど、話題が違うんです。森のオフィスでは自然の話や畑の話など、日々の暮らしから生まれる会話が多い。山が好きだったり、自然に近い暮らしをしたくて移住した方も多いですよね。そこがすごく心地よかった」。


春になると会員さんの呼びかけで開催される「種交換会」。
春になると会員さんの呼びかけで開催される「種交換会」。

週に一度担当するヨガクラスでは、ヨガの前に講師から小話をするのが慣習だ。桃子さんはそこで八ヶ岳での暮らしのこと、森のオフィスのコミュニティで感じていることをヨガ哲学につなげて伝えてきた。「東京にいた頃は外からどう見られたいかに意識が向いていて、それゆえ物欲も強かったと思います。でも『足るを知る』というヨガ哲学は、自分の根っこを見つめて、自分らしくいる幸せに気づくこと。八ヶ岳での日々を重ねるうちに、身なりにお金をかけるより、いい種とか長く使える鍬が欲しくなった、みたいな話をしています(笑)」と桃子さん。自宅の小さな畑で育てる野菜、通勤のたびに見守る稲の実りに、自然と共にある暮らしの豊かさと喜びを感じている。



momo livingが目指すもの

20代の頃から自分の店を持ちたいという思いを温めてきた桃子さん。ヨガ講師についても、八ヶ岳での日々を経て、自分が伝えたいヨガが明確になってきた。しかしテレワークという裁量の効きやすい働き方に慣れていたこともあり、接客業への自信が持てずにいたという。

桃子さんの背中を押したのは、八ヶ岳で重ねてきた日常と人とのつながりだった。東京だけでなく茅野市でもヨガクラスを持つようになり、森のオフィスの他にも地域コミュニティに関わることで少しずつ変化が生まれていったという。きっかけとなったのは、一年前に八ヶ岳で開催した「anzu to momo」ポップアップ出店の接客経験※。「地元の方と話すのも、外から来た方に地域の話をするのも、どちらもリラックスして楽しめている自分がいました。飾らない自分のままで、その場に立っていいんだと思えた瞬間でした」と桃子さんは語る。

※「anzu to momo」:桃子さんのお姉さんが手掛ける東京・赤羽のカフェ。桃子さんは立ち上げから接客とバックオフィスのサポートを続けてきた。



momo livingのカフェでは、ビーガンをベースに、素材にこだわったクレープなどのおやつを提供。その背景には、家族の闘病がある。少し前にお母さんが糖尿病を患い、今までのように食べられなくなったとき、外食先で救われた経験があるという。「病気の人もそうでない人も、宗教や考え方の違いがあっても、みんなが安心して食べられて、心地よくいられる場をつくりたい」と桃子さん。オープンからまだ2週間ほど。それでもすでにリピートや感謝の声をいただくことができたという。

カフェの用途については「日常のサードプレイスとして、仕事で長居してもらってもいいし、赤ちゃんがいたら隣の多目的室で寝かせてもらってもいい。小さなお子さん連れの方もご年配の方も、誰もが自分の時間を過ごせる場所になれたら」と語る。

これまで長い時間をかけて、つくりたい空間への思いを巡らせてきたという桃子さん。「自宅や職場を離れて、気持ちとか頭の中を整理できる場所として、私自身がカフェで過ごしてきた時間があるから。ここを訪れる方にとって、何かが生まれる空間になれたらうれしいです」。

森のオフィス「庭部」でのシードボールづくり。
森のオフィス「庭部」でのシードボールづくり。

自分の可能性を広げてくれた居場所

「ここで何かすることに意味があると思えたのは、森のオフィスや茅野でのヨガクラス、地元のコミュニティに入り、人と関わり合ってきたことの積み重ね。地域の人の役に立ちたいという思いが、一番初めにありました」と桃子さんは話す。


森のオフィスに通うようになってから、開業に必要なクリエイティブやクラファンの仕事を依頼したり、オープン前には食堂でクレープの試食会を開かせてもらったりした。お店の内装のDIYに力を貸してくれたのも、多くは森のオフィスで出会った友だちだった。

森のオフィス10周年記念本「十草十載」に綴られた一人ひとりのストーリーにも背中を押された。「みんなそれぞれが自分らしくいる。自分の可能性を広げていくことに、自由でいいんだと、すごくクリエイティブな思考にしてくれる。困ったことがあったら、とりあえず森のオフィスの人に相談します。私にとってそれくらい頼もしいコミュニティです」。


※お店の内装や家具づくりは、森のオフィスで出会った友人たちが手伝ってくれた。


都内で勤めていた頃は、「仕事の自分とそれ以外の自分と分けていたところがあった」と桃子さん。しかし今は違う。「まず自然の中に暮らしがあって、その延長線上にカフェとヨガがあり、コミュニティがある。暮らしと地続きにすべてあることが、本当にやりたかった、作りたかった暮らしだと思っています」。

八ヶ岳と共にある暮らしを土台に、人とつながり、新しい日常を育てていく。桃子さんの物語はこれからも、地域と溶け合いながら続いていく。



 
 
 

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